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東京地方裁判所 平成4年(ワ)749号 判決 1999年5月27日

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別紙一「当事者目録」記載のとおり

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

一  被告らは、原告に対し、連帯して一億五〇〇〇万円及びこれに対する平成四年二月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、「溶接時のヒューム(粉じん)及びオイルミスト(霧状の油)が存在する場合には、静電ろ層ないし静電ろ過材はその捕集効率が『劣っている』若しくは溶接現場における使用に『適さない』」旨、又は「現在使用中の一〇〇五RR型(あるいは原告の静電ろ層製品を示す名称、型式)は静電ろ層型ないし静電ろ過材型防じんマスクであるが、静電ろ層型防じんマスクは、溶接時のヒューム及びオイルミストが存在する場合には、捕集効率が『著しく劣る』あるいは『劣っている』」旨を陳述し、又は流布してはならない。

三  被告株式会社重松製作所(以下「被告会社」という。)は、原告に対し、別紙二「訂正及び謝罪広告目録」一記載の内容の記事を、同目録二記載の条件で、産業と保健社発行の「産業と保健」誌上に一回掲載せよ。

第二  事案の概要

本件は、原告会社が、防じんマスク用のろ過材の性能に関して被告らが発表した論文等の内容が原告会社の営業上の信用を害する虚偽の事実であって、その発表行為等が不正競争防止法二条一項一一号(競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、又は流布する行為)に該当すると主張して、被告らに対し、同法四条に基づいて原告会社の製品の売上が低下したことなどによる損害の賠償を、同法三条一項に基づいて虚偽事実の告知流布行為の差止めを、また、被告会社に対し、同法七条に基づいて謝罪広告の掲載を、それぞれ求めている事案である(なお、平成五年法律第四七号による全部改正後の不正競争防止法の施行(平成六年五月一日)前の被告らの行為に対しても、改正後の規定が適用される。平成五年法律第四七号附則二条参照。)。

一  争いのない事実

1  当事者

(一) 原告会社及び被告会社は、いずれも呼吸用保護具である防じんマスクの製造販売等を業とする株式会社である。

(二) 被告中井、同臼井、同増田、同向縄、同山田、同斎藤、同橋本及び同宮﨑(以下「被告個人ら」と総称する。)は、いずれも被告会社の従業員であるか又はあった者である。

2  原告会社と被告会社との競争関係

原告会社と被告会社は、いずれも防じんマスクの製造販売を行っており、市場において競争関係にある。

3  被告らによる論文の発表等

(一) 被告会社は、別紙三「論文等目録」記載の記事(以下、それぞれの記事をその番号により「被告論文1」等といい、これらを「被告論文」と総称する。)が掲載された「産業と保健」誌を編集し、これを原告会社製の静電ろ層(「静電ろ過材」、「静電フィルター」ともいう。)を用いた防じんマスクの需要者を含む企業等に送付した。

被告論文は、右目録の「執筆者」欄記載のとおり、被告論文5の2及び13を除き、被告個人らのいずれかが執筆したものである。被告論文13は被告代表者の講演録である。

(二) 被告会社は、別紙四「カタログ目録」記載のカタログ(以下「被告カタログ」という。)を作成し、その営業活動において顧客に配布した。

(三) 平成元年八月ころ、被告会社の従業員である永松芳晴は、「新型防じんマスクについて、現在ご使用品(1005RR型)とご検討品(DR-28UAHとDR-73AHK)の比較」と題する書面(以下「被告比較書」という。)を、石川島播磨重工業株式会社(以下「石川島播磨」という。)の船舶海洋事業本部呉第一工場の安全衛生課へ交付した。

二  争点

1  被告らの行為が、不正競争防止法二条一項一一号に該当するか、特に、

(一) 被告個人らと原告会社とが「競争関係」にあるか。

(二) 被告らが行った「事実を告知し、又は流布する行為」の具体的内容はどのようなものであったか。

(三) 被告が告知又は流布した事実が、その相手方において、原告会社の製品に関するものであると認識されるか(原告会社が「他人」に当たるか。)。

(四) 右事実が、原告会社の製品について、「虚偽の事実」であるか。

(五) 右事実が、原告会社の「営業上の信用を害する」ものであるか。

2  原告会社が被告らに請求し得る損害賠償の額

3  謝罪広告の要否

三  争点に関する当事者の主張

1  争点1(一)(原告会社と被告個人らとの競争関係)について

(一) 原告会社の主張

被告個人らは被告会社の従業員であり、被告会社と原告会社とが競争関係にあるから、被告個人らも原告会社と実質的に競争関係にある。

(二) 被告個人らの主張

被告会社の従業員が個人として原告会社と競争関係に立つことはないから、被告個人らは原告会社と競争関係にない。

2  争点1(二)(被告らの行為の具体的内容)について

(一) 原告会社の主張

(1) 前記一3(一)ないし(三)の被告論文、被告カタログ及び被告比較書の記述のうち、原告会社が問題とする部分は、別紙五「論文等記載内容目録」に記載したとおりである。

(2) 被告らは、前記一3(一)ないし(三)の行為に加え、次の行為をした。

ア 被告会社の営業員は、原告会社製の防じんマスクの顧客に対し、静電ろ層は溶接現場用には不適当であるなどと被告論文と同内容の説明を行うほか、実験の結果を示すと称するフイルターの見本ファイルを示して、原告会社の製品に欠陥が存在するかのごとく示唆したり、原告会社の静電ろ層は溶接ヒューム及びオイルミストが混在する場合には捕集効率が落ちるので人体に悪影響があると説明したりする一方、被告会社の製品であるメカニカルフィルターの使用を勧めるという行為をたびたび行った。被告らによる原告会社に対する営業誹謗行為は、本件訴訟提起(平成四年一月二一日)後も一向に収まっていないのが実態である。

イ 永松は、前記一3(三)のとおり、被告比較書を作成して交付するほか、石川島播磨の担当従業員に右書面と同様の説明を行い、さらにフィルターの見本ファイルを示して、被告会社製品の売込みを図った。

ウ 永松は、日新製鋼を含む数社に対しても、被告比較書と同趣旨の書面や、フィルターの見本ファイルを交付して、被告会社のメカニカルフィルターの売込みをしている。このほかにも、被告会社の従業員は、原告会社製品の顧客に対し、静電ろ層はボトムがある、溶接ヒュームがよく取れない、フィルターの裏に汚れが見えたら漏れているなどと述べて、原告会社から顧客を奪取してきた。このように、被告会社は、原告会社を誹謗中傷する営業活動を組織的に行っている。

エ 平成六年八月ころ、被告会社関西営業所の従業員である今田英夫は、中央労働災害防止協会大阪安全衛生教育センターにおける講座の講師として、原告会社の静電ろ層型防じんマスク及び被告会社のメカニカルフィルター型防じんマスクを見本として配布し、溶接ヒュームがフィルターを透過してバックアップフィルターに捕集された写真を示した上で、静電ろ層は溶接ヒューム等の導電性粉じんに弱く、粉じんが漏れていると指摘して、原告会社の静電ろ層に捕集効率上の欠陥があるかのごとき誤解を与える虚偽の説明をした。

オ 平成九年四月ころ、被告会社の従業員(営業担当)である得丸は、原告会社製の防じんマスクの卸売業者である東京ヤマト安全株式会社の社長である色川に対し、「溶接ヒューム、金属ヒュームは静電フィルターでは取れません。法改正が近々あって静電フィルターは使えなくなります。それで当社はメカニカルで、静電はもうやめていきます。興研さんの静電フィルターも難しくなっていくんじゃないでしょうか。」という旨を述べた。

(3) 被告らによる前記一3(一)ないし(三)及び右(2)アないしオ記載の行為は、いずれも「溶接時のヒューム及びオイルミストが存在する場合、静電ろ層はその捕集効率が『劣っている』若しくは溶接現場における使用に『適さない』」旨、又は「現在使用中の一〇〇五RR型(あるいは原告会社の静電ろ層製品を示す名称、型式)は静電ろ層型防じんマスクであるが、静電ろ層型防じんマスクは、溶接時のヒューム及びオイルミストが存在する場合には、捕集効率が『著しく劣る』あるいは『劣っている』」旨の事実を告知し、又は流布する行為である。

(二) 被告らの主張

(1) 被告会社の営業員が、被告論文と同内容の説明を行うほか、実験の結果を示すフィルターの見本を示したこと及び被告会社製のメカニカルフィルターの使用を勧めたことは認めるが、原告会社製の静電ろ過材に欠陥が存在するかのごとく示唆したり、人体に悪影響があると説明したりしたことはない。

(2) 右(一)(3)の原告会社の主張は、原告会社の単なる想像に基づくものであり、具体的根拠を欠いている。被告らは、静電ろ過材を使用した防じんマスクは溶接ヒュームに対して捕集効率の低下を示すが、メカニカルフィルターにはこのようなおそれがないこと、溶接ヒュームとオイルミストが混在する状況においては静電ろ過材の捕集効率の低下が更に大きいこと、静電ろ過材とメカニカルフィルターを比較した場合に、静電ろ過材は導電性粉じんが発生する職場においては最適といえないことを、被告論文等で発表してきたものである。

3  争点1(三)(被告らが告知又は流布した事実と原告会社との関係)について

(一) 原告会社の主張

(1) 被告らは、被告論文等において、大部分の静電ろ層について、製品名、製造会社名等を明示しないで、「静電ろ層」の定性的な性質である旨を示す実験データを提示しつつ、論評を行った。

(2) 原告会社は、防じんマスク用のろ過材につき、昭和六〇年度から平成二年度まで約八割の市場占有率を有している。また、平成二年度における静電ろ層を用いた防じんマスクの国内シェアは、原告会社が七〇・一パーセント、被告会社が二四・二パーセントである。

(3) 被告会社から「産業と保健」誌を送付された原告会社の顧客においては、静電ろ層型防じんマスクの市場の大半を原告会社の製品が占めており、原告会社以外では被告会社が販売している程度で、その余の業者による静電ろ層型防じんマスクの生産は極めて少ないと認識されている。このことと、右(2)の市場占有率とを前提とすると、被告らが示した静電ろ層に関する実験結果及び論評は、原告会社の製品についてのものである旨が明示されていなくとも、防じんマスクの市場における取引者・需要者から見ると、原告会社製の静電ろ層もこれに該当すると認識されるものである。

(4) したがって、被告らの行為による誹謗の相手方は原告会社と特定されている。

(二) 被告らの主張

(1) 被告らによる研究発表は、静電ろ過材全般について論じたものである。被告らが一部の静電ろ過材について製品名、製造会社名等を明示しないで実験データを提示して論評を行ったのは、通常の慣例に従ったものであって、原告会社製の静電ろ過材を特定ないし示唆するものではない。殊に、被告論文のうち被告会社の製品のみを比較したものは、原告会社の製品に関するものでないから、原告会社の主張は当てはまらない。

(2) 原告会社主張の防じんマスク用のろ過材における原告会社の市場占有率は確定的なものではなく、実際より高めに算出されている。静電ろ過材を用いた防じんマスクを製造販売している者は、原告会社及び被告会社に限られず、その外にも多数存在している。また、静電ろ過材型防じんマスクには取替え式と使捨て式があるが、産業界での使用量は使捨て式のものがはるかに多い。使捨て式を含めて計算すれば、原告会社製の静電ろ過材の市場占有率は一〇パーセント程度にとどまる。

(3) 静電ろ層、静電ろ過材ないし静電フィルターという名称は一般的に用いられる普通名称であり、これを聞いた者が原告会社の製品のみを連想することはない。また、防じんマスクを必要とする会社は、原告会社及び被告会社並びにその他の製造業者の製品を併用しているのが通常であり、その担当者は専門雑誌、展示会等で防じんマスク及びその製造業者についての情報を得ているから、原告会社製であることを明示していない被告論文等を見て、これが原告会社の静電ろ過材のみを論評していると認識することはない。

(4) したがって、被告らによる論評は、原告会社に関する事実ではない。

4  争点1(四)(被告らが告知又は流布した事実の虚偽性)について

(一) 原告会社の主張

(1) 被告らによる行為の内容は、溶接ヒューム等に対する静電ろ層の捕集効率が低いなどといった実験データを提示して、静電ろ層を使用した防じんマスクは溶接現場用には不適当である、特に溶接時のヒュームとオイルミストが混在する際にはフィルターの捕集効率が低下するなどと論評するものである。

ところが、原告会社は、被告論文に発表された試験方法に従って再三にわたり実験を行ったが、原告会社製の静電ろ層では、被告らが指摘する性能低下は絶対に起こらない。したがって、被告らが示した実験データ及び論評は、原告会社の製品には妥当しない。

原告会社が問題とするのは、静電ろ層の中にも種々のものがあり、溶接ヒューム等に対する捕集効率の低下にも「程度の差」があるのに、被告らがこれを無視していることである。溶接ヒューム等に対する捕集効率の低下が非常に少なく実用上問題がない原告会社の製品と、これが極度に低下して実用にならないものとを定性的に同じであるなどとして、「静電ろ層」という一般的名称で、溶接ヒューム等に対する欠陥があり、人体に悪影響を及ぼすなどと論じる被告らの行為は、原告会社の製品に対するいわれなき誹謗中傷となるのである。

(2) 被告らは、後述のとおり、その陳述内容が虚偽でないと主張するが、粉じんの捕集効率の低下、静電ろ層の汚れと粉じんの透過等の関係について被告らが提出した実験データが原告会社製品に該当しない点を原告会社は問題としているのであり、原告会社の実験が「現実の使用状態よりも短い時間」であるとか、現実のユーザーの使用状態において「たたき落とし」が行われているかとか、被告会社のメカニカルフィルターが静電ろ層よりも優れているとかという点は、本件とは関係がない。なお、実際の作業現場においても、被告らが主張するように捕集効率が低下した防じんマスクが使用されているということはない。

(3) 被告らが、被告論文の記述内容のオリジナルデータであるとして提出した資料(乙九二の1ないし25)は、デジタル粉じん計のバックグランド値及びブランク値の開示が不十分であること、実験の都度K値(質量濃度換算計数)の測定がされていないこと、温度及び湿度が不明であるか又はその数値の変動が奇妙であることなどの点で問題がある。特に、右資料のうち被告論文12に関するものは、溶接ヒューム及びオイルミストの濃度管理が行われておらず、発生直後の粉じんが直接試験対象であるマスクに吸引されるため、試料とされたフィルターごとにその発生濃度が一定していないから、同一の条件で行われたとはいえないこと、マスクの置かれた正確な位置が明らかにされていないこと、国家検定における試験条件と異なり、計測系がマスク吸引側と環境側の二系統になっていて、それぞれ別の粉じん含有空気を計測していること、捕集効率がマイナスとなっている部分があること、さび止め油でベトベトの状態にした鉄板に溶接するというものであり、溶接現場の実態と離れていること、フィルターの通気抵抗がほとんど増加しておらず、極めて大量のオイルミストを発生させたと推測されること、塗布されたオイルの総量も計測ないし開示されていないことなど、不合理な点が多い。さらに、被告論文12には、吸気抵抗が記載されていないし、五分ごとにオイルを塗ったことが明記されておらず、被告らは試験条件を隠蔽しているとさえいえる。このように、被告らによる実験においては、原告会社の製品に被告ら主張の欠陥があるかのように見せかけるために、作為的な試験条件の設定がされていると疑われるのである。

(4) 右のとおり、被告らによるデータの提示及び論評は、原告会社製の静電ろ層との関連においては虚偽の事実である。

(二) 被告らの主張

(1) 静電ろ過材の性能について被告らが述べた内容は、次のとおりである。

静電ろ過材は、静電気の吸引力を利用して粉じんを除去するものなので、溶接ヒューム等の導電性の粉じんを捕集すると捕集効率が低下する。溶接ヒュームだけの場合よりオイルミストが混在する状況の方が低下が著しい。メカニカルフィルターは、静電気の吸引力を利用するものではないから、導電性の粉じんによる捕集効率の低下はあり得ない。溶接現場では各種の溶接ヒューム等の有害物質が発生するところ、これらが人体内に吸引された場合の許容範囲につき詳細な研究はないが、総量が少ないほど悪影響も少ないと考えられている。したがって、溶接現場等においては、静電ろ過材を使用した防じんマスクよりメカニカルフィルターを使用したものの方が適切である。また、フィルター裏側の汚れは粉じんの透過を示すものであり、汚れがひどくなるフィルターはそのような状況の下では使用を中止すべきであって、フィルター裏側の汚れはフィルター交換の目安になるものではない。

(2) 被告らの発表した実験結果は、実際の作業現場又はこれに近似した環境下で、原告会社の製品を含めた静電ろ過材一般について行ったものである。また、静電ろ過材の種類は多々あり、それらの間の性能の差は顕著であるとともに、科学技術の発展に伴って静電ろ過材の性能は進化しているので、実験をした当時の静電ろ過材が現在のものと同様の性能を有しなかったことも明らかである。被告らの論評は、当該実験結果を発表した時点において存在した製品に基づいているのであり、それらの製品に関する限りは実例に示すとおり正当な評価である。

(3) 原告会社が行った実験は、被告論文中に被告らが示した実験方法と異なり、現実の使用状態より短い時間で実験を打ち切るなど、原告会社の静電ろ過材にとって有利な実験となっているから、これを基に被告らの陳述内容を虚偽のものとすることはできない。また、原告会社が、たたき落としによる粉じん除去が行われているという作業現場の実態を無視した実験だけを行って、被告らが静電ろ過材に係る問題点として指摘していることを虚偽とするのも失当である。

(4) このように、被告らの陳述は、静電ろ過材を他のフィルターと比較した実験に基づいて、その問題点を指摘し、これを解決するものとしてメカニカルフィルターの優秀性を主張するものである。そして、静電ろ過材の捕集効率が粉じんの捕集その他の原因によって低下すること、特定の条件下ではこれが著しいことは、国内の文献(原告会社自身が発表したものを含む。)や海外の研究報告でも明らかにされており、科学的に実証された公知の事実である。したがって、一定の条件の下で比較して、静電ろ過材よりメカニカルフィルターの方が優れていることを発表した被告らの行為が虚偽事実の告知又は流布に該当することはない。

5  争点1(五)(営業上の信用の侵害)について

(一) 原告会社の主張

被告らによる「静電ろ層は溶接ヒュームやオイルミストに対して捕集効率が著しく低下し、人体に悪影響があり、そのために当該作業現場には不適当である」旨の陳述が、原告会社製の静電ろ層の信用を害することは明らかである。そして、被告らによる行為の結果、原告会社の顧客において、原告会社製の静電ろ層に被告らが指摘するような欠陥があるとの誤解が生じたため、原告会社は営業上の信用を害された。

なお、被告比較書に関する被告らの後述の主張は、通常の営業活動を前提とすればおよそあり得ないことであるし、この点に関する証人永松の証言も信用できないものである。

(二) 被告らの主張

原告会社が営業上の信用を害されたとの点は、争う。

なお、被告比較書は、石川島播磨において被告会社製の防じんマスクを導入することが決定された後に、石川島播磨の担当者から社内説明用に提出するよう要請されて作成し、交付したものであるから、これにより原告会社の営業上の利益が害されるおそれはない。

6  争点2(損害の額)について

(原告会社の主張)

被告らの前記一3(一)ないし(三)及び三2(一)(2)アないしオ記載の行為は、被告らの故意又は過失による共同不法行為である。原告会社は、被告らの右行為により、原告会社製の静電ろ層を用いた防じんマスクの売上低下によって三億円を下らない損害を、また、原告会社が調査、実験等を行わざるを得なかったことによって一〇〇〇万円を下らない損害を被った。

よって、原告会社は、被告らに対し、右合計額三億一〇〇〇万円の内金一億五〇〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である平成四年二月一五日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。

7  争点3(謝罪広告)について

(原告会社の主張)

原告会社は、被告会社による実験データの提示及び論評行為により営業上の信用を害されたので、被告会社に対し、その信用回復のために必要な措置として、謝罪広告の掲載を求める。

第三  争点に対する判断

一  後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  防じんマスク及びそのろ過材について(甲六、七、二六、四三の1、2、4、四七、一二五の1、2、一二六、乙五、一〇、一一、三二、四八、六五、九三、九四、一一一、一一二、一一七、一一九)

(一) 防じんマスクは、粒子状物質(粉じん、ヒューム、ミスト等)が浮遊している作業環境で働く労働者が、これを吸引することによってじん肺等の職業病に罹患することを防ぐために用いられる、呼吸する空気をろ過材(フィルター)によってろ過する呼吸用保護具である。

作業現場で発生する粒子状物質には、粉じん(狭義では、土石、岩石等が破砕、研磨等されたときに生成する小さな粒子である鉱物性粉じんをいい、広義では、ヒュームやミストを含む意味で用いられる。)のほか、金属ヒューム(金属が高温により溶解し蒸発した後、空気中で凝集して粒子状になったもの。単に「ヒューム」ともいう。また、溶接作業に際して発生するものを「溶接ヒューム」という。溶接ヒュームは、その主要成分を酸化鉄とする極めて微細な粒子であって、溶接方法、溶接棒の種類等により、カドミウム、ニッケル、クロム等の金属成分やオゾン等を含んでおり、吸引すると呼吸器等に影響を与えるとされている。)、ミスト(蒸気が適当な核を中心として凝結することや、液体が微細に砕けることによって発生したもの。油が蒸発して生ずるものを「オイルミスト」という。また、コールタール(石炭乾留の際の複製物である黒色の油状液体)が蒸発して生ずるものを「タールミスト」又は「コールタールミスト」といい、発がん性があるとされている。)等がある。

防じんマスクには、マスク本体にろ過材(フィルター)を装着して使用し、ろ過材が損傷し又はその機能を減じた場合にこれを交換して使用を続ける取替え式のものと、そのような場合にはマスク全体を廃棄し、新品と交換する使捨て式のものとがある。

(二) 防じんマスクのろ過材は、粒子状物質を捕集する方法ないし仕組みにより、ろ過材がガラス繊維等の極めて細い繊維からできていて、粉じんがろ過材に衝突、接触することなどの機械的作用によって捕集をするもの(メカニカルフィルター)と、フェルト、不織布等から成るろ過材に静電気を帯びさせ、静電気の吸引力を利用して、正又は負の電気を帯びている空気中の粉じんを捕集するもの(静電ろ過材)とに分けることができる。

(三) 防じんマスクの性能は、捕集効率(粉じんを含有する空気がマスクを通過したときに、粉じんがマスクによって捕集される割合)、通気抵抗(マスクに空気を通過させるための圧力、すなわち、マスクをかけたときの息苦しさの程度。マスクの内側に空気を吸入する(息を吸い込む)場合の抵抗を「吸気抵抗」、マスクの外側に空気を排出する(息を吐き出す)場合の抵抗を「排気抵抗」という。)等によって評価され、吸気抵抗が低く、捕集効率が高いほど、マスクの性能が良いとされている。

捕集効率と吸気抵抗との関係については、一般に捕集効率を高くしようとするほど吸気抵抗が高くなるものであり、これが性能の高いろ過材を製造する上での問題とされていた。静電ろ過材は、この問題を解決するために、昭和三〇年代に労働省労働衛生研究所が主体となって開発されたものであり(静電ろ過材が開発された当時は、一般名称として、「ミクロンフィルター」と呼ばれていた。)、静電気の吸引力を利用することによって、吸気抵抗を上昇させることなく高い捕集効率を得られるという長所がある。ただし、静電ろ過材に関しては、捕集する粒子状物質の種類によっては、ろ過材にこれが付着することによって静電気力が弱くなるために一時的に捕集効率が低下し、その後さらに捕集を続けるとろ過材が目詰まりして捕集効率が回復するという「ボトム現象」(この場合に捕集効率が最も低くなった数値を「ボトム値」という。)のあること、ボトム値は静電ろ過材や粉じんの種類により程度の差があることが指摘されている。

(四) 防じんマスクに関しては、労働省告示により規格が定められており、これに基づいて国家検定が行われている。そして、右告示の定めに従って、材料、構造等に関する規定に適合し、かつ、強度に関する試験と、吸気抵抗及び捕集効率を含めた性能に関する試験とにおいて所定の要件を満たさなければ、譲渡、貸与及び設置をしてはならないものとされている。右の性能に関する試験においては、石英粉じん(シリカ粉じん)が用いられる。国家検定制度は、昭和二五年に始められたもので、その検定規格は、昭和三〇年、同三七年及び同四七年に改定されて次第に厳しくなっており、その後も、同五八年、同六三年及び平成九年に、規格の一部が改定されている。

2  防じんマスクの製造業者について(甲一の1、2、二、三、二六、四二、六〇、六二、八〇の1、一二三の1ないし3、一二四、乙一の1、2、三、二五の1ないし6、六四、八三、九三、九四)

(一) 原告会社の前身である株式会社興進会研究所(昭和六〇年に原告会社に合併)は、昭和二七年ころから防じんマスクの製造販売を行っており、同三七年ころに、同年改定の国家検定規格の下で初の特級合格品となった防じんマスクの静電ろ過材である「NKミクロン・フィルター」を開発した。原告会社は、興進会研究所の製造販売部門として昭和三八年一二月に設立されたものであり、その後現在に至るまで、静電ろ過材を使用した防じんマスクの分野では業界を代表する地位にある。

原告会社が現在製造販売している防じんマスクのろ過材には、静電ろ過材である「ミクロンフィルター」、「ハイパーミクロンフィルター」等と、機械式フィルターである「アルファリングフィルタ」(いずれも商品名)がある。ミクロンフィルターは昭和四八年ころに(当時の商品名は「スーパー・ミクロンフィルター」)、アルファリングフィルタは同五一年ころに、ハイパーミクロンフィルターは同五九年ころに、その製造販売が開始されたものである。また、ハイパーミクロンフィルターは、原告会社のカタログによれば、ミスト、オイルミスト等に対しては捕集性能が若干低く、溶接ヒュームのような導電性粉じんに対してはボトムが現象あるという静電ろ過材について従来指摘されていた欠点を、ほぼ完壁に克服したものであり、ミクロンフィルターに比べ、粉じん保持容量が一・五倍で、使用時間も長いという特徴を有している。

被告比較書に記載された原告会社製の防じんマスク1005RR型は、ろ過材としてミクロンフィルターを使用した防じんマスクである。

(二) 被告会社は、大正六年の創業以来、防じんマスクを含む呼吸用保護具の製造販売に携わっており、原告会社の前身会社が防じんマスクの市場に参入したころは、業界で最大手の地位にあった。

被告会社が現在製造販売している防じんマスクのろ過材には、メカニカルフィルターである「U3AHフィルタ」、「U1AHフィルタ」等と、静電ろ過材である「MFフィルタ」及び「エレクトロフィルタ」(いずれも商品名)がある。

被告比較書に記載された被告会社製の防じんマスクDR-28UAHはU3AHフィルタを、DR-73AHKはU1AHフィルタを、それぞれろ過材として使用した防じんマスクである。

(三) 我が国には、国家検定に合格した防じんマスクを製造販売する業者は原告会社、被告会社の外にも数社あるが、その製造・販売高は原告会社及び被告会社に比べて少なく、原告会社と被告会社は、防じんマスクの業界を二分する大手二社ということができる。原告会社は業界最大手、被告会社はそれに次ぐ地位にあり、原告会社のミクロンフィルターは、防じんマスク用の静電ろ過材として、防じんマスクの需要者の間では広く知られている。

3  被告論文等について(甲三、四の1ないし4、5の1及び2、6ないし12、13の1及び2、乙一三、二八、七三、八三、八四、九二の1ないし19、22ないし25、九六、九七、一二一、被告山田本人、同増田本人、被告代表者)

(一) 被告会社においては、その研究員が静電ろ過材型防じんマスクを着用して溶接作業をした際に不快感を訴えたこと、顧客が現場で使用したろ過材を回収して捕集効率を測定したところ、オイルミストでべとついているものの捕集効率が低下していたことなどから、国家検定に合格したろ過材は石英粉じんに対しては高い捕集効率を示しても、実際の作業現場にはその捕集効率に悪影響を与える物質があるのではないかと考えて、昭和五二年ころから、溶接ヒューム、タールミスト及びオイルミスト混在の溶接ヒュームが静電ろ過材の捕集効率に与える影響について研究を行った。そして、原告会社及び被告会社の製品を含めた静電ろ過材について実験を行ったところ、静電ろ過材の捕集効率が著しく低下する場合があるという結果を得たので、これを外部に発表することとした。

その最初のものは、「産業と保健」三号(昭和五二年一一月一日発行)に掲載された被告宮﨑執筆の論文「溶接ヒュームと新型防じんマスク」である。同論文は、従来の単独フィルター型の防じんマスクでは導電性の粉じんであるヒュームを捕集すると静電気の拡散により捕集効率が低下する傾向が見られるとして、静電ろ過材を複層化した防じんマスクを提案している。

被告会社は、その後も溶接ヒュームに対する静電ろ過材及びメカニカルフィルターの捕集効率等について実験を重ね、その結果に基づいて、被告論文1ないし4、5の1、6ないし8、10、11及び13を発表した。

また、タールミストには発がん性物質が含まれているとされていたことから、原告会社及び被告会社製の静電ろ過材並びに被告会社製のメカニカルフィルターの捕集効率につき実験を行い、長時間にわたってタールミストを供給したところ、静電ろ過材では、捕集効率が低下する一方であり、ボトム現象が見られず、吸気抵抗の増加が少ないとの結果が出たので、これを被告論文5の2及び9として発表した。

さらに、溶接ヒュームとオイルミストが混在する場合について行った実験によれば、静電ろ過材の捕集効率の低下が顕著であるとの結果が得られたので、防じんマスク等の呼吸用保護具に関する学会である国際呼吸保護協会(ISRP)の日本支部と日本呼吸用保護具工業会との共催により昭和六三年一一月に開催された研究発表会において、被告増田、同向縄及び同山田がその旨の発表をした。被告論文12は、右発表を基にして作成されたものであり、内容的にはこれと同一である。

これらの被告論文の内容は、別紙五「論文等記載内容目録」第1に記載したとおりであり、静電ろ過材は溶接ヒューム、タールミスト及びオイルミスト混在の溶接ヒュームに対する捕集性能に問題があり、溶接作業に用いるのに適していないこと、メカニカルフィルターにおいては静電ろ過材に見られるような捕集効率の低下がないこと、静電ろ過材の裏面の汚れを交換の基準とすべきではないことを、その要旨とするものである。

(二) 被告論文が掲載された「産業と保健」誌は、被告会社内をその所在地とする産業と保健社を発行所、被告代表者を編集兼発行人とする被告会社の営業宣伝用の雑誌であり、数千部が無料で限定配布されている。

(三) 被告会社は、静電ろ過材の性能について、被告論文と同趣旨のことを被告カタログにも記載した。その具体的な記載内容は、別紙五「論文等記載内容目録」第2記載のとおりである。

(四) 被告論文及び被告カタログの中で静電ろ過材を取り上げるに当たっては、製品名や型番により被告会社の製品であると示されている場合(被告論文2、4等及び被告カタログ)と、単に「静電ろ層」等と記載されるのみで、製造会社名が表示されていない場合(被告論文9、12等)とがあった。

4  被告会社による防じんマスク販売のための営業活動について(甲四の12、二五の1ないし4、二七の1、2、三四の1ないし3、三五の1ないし3、五六、六一、六五、六六、六九ないし七一、七九の1ないし3、八〇の1、八一の1ないし5、八二の1ないし5、八三の1ないし5、九七の1ないし6、九八の1ないし6、乙一四、二八、三九、四一の2、3、四二、八五、九五、一〇五の1ないし50、証人長坂、同永松、原告代表者、被告山田本人、被告代表者)

(一) 被告会社の営業担当従業員は、昭和六〇年ころから、原告会社製の静電ろ過材型防じんマスクを使用していた造船業者等に対し、静電ろ過材は溶接ヒュームに対する捕集効率が低い、静電ろ過材の裏側の汚れは交換の判定基準にならないなどと、被告論文及び被告カタログに記載された内容と同趣旨の事実を述べて、被告会社製のメカニカルフィルター型防じんマスク販売のための営業活動を行った。

(二) 平成元年二月ころ、被告会社の広島出張所長であった永松は、当時原告会社製の静電ろ過材型防じんマスクを使用していた石川島播磨の呉第一工場に、被告会社製のメカニカルフィルター型防じんマスクを採用させたいと考えて、石川島播磨の社内で防じんマスクの購入等を担当していた安全衛生課の従業員に対して、メカニカルフィルターは静電ろ過材と異なり溶接ヒュームを捕集してもボトム現象による捕集効率の低下が起こらないなどと被告製品の長所を説明した。これを受けて、石川島播磨では、同年四月一〇日ころから同年五月一五日ころまでの間、被告会社の製品であるメカニカルフィルター型防じんマスクにつき、実際の作業現場で試用してその性能や使い勝手を確かめるフィールドテストを実施した。このテストの実施に当たっては、顔面への密着性、視野、装着感等一一項目についてアンケートがとられたが、多くの項目で「良い」が「悪い」を上回り、アンケートの結果は全般的には好評であった。しかし、火の粉が入ってフィルターが燃えるという事態も起きており、被告会社の製品の評価は必ずしも高いとはいえなかった。フィールドテストの結果を見た時点では、石川島播磨の安全衛生課においては、被告会社の製品を採用するか否かについて結論を出すことはしばらく見合わせるということになった。

そこで、永松は、石川島播磨が当時使用していた原告会社製の1005RR型防じんマスクに対する被告会社製品の優秀性を示すため、原告会社及び被告会社のカタログや、被告論文12等を基にして、同年八月一〇日付けで被告比較書を作成し、同月二五日ころに石川島播磨の担当従業員に提出した。被告比較書は、原告会社及び被告会社の各製品の国家検定合格値、マスクの形状、オイルミストと溶接ヒュームが混在した環境下での捕集効率の低下、フィールドテストの結果等について述べたものであり、静電ろ過材の性能低下に関する記述は、別紙五「論文等記載内容目録」第3記載のとおりであって、内容的には被告論文12及びその基となった被告増田らの研究発表と同一のものである。

また、永松は、溶接ヒュームを捕集させた被告会社製の静電フィルター及びメカニカルフィルター並びに右各フィルターを通過した後の空気を捕集させたバックアップフィルターの実物を添付し、バックアップフィルターの色の違いから、静電フィルターでは溶接ヒュームを透過させる割合が高く、メカニカルフィルターの方が捕集性能が優れていると一見して分かるようなファイルを、石川島播磨の担当従業員に交付した。

さらに、永松は、静電フィルターとメカニカルフィルターの違いを分かりやすい表にまとめてくれるよう求められたので、原告会社製の静電ろ過材と被告会社製のメカニカルフィルターの捕集効率、吸気抵抗等の性能を比較して一覧表の形にまとめた「現在ご使用品(1005RR型)とご採用検討品(DR-28UAH、DR-73AHK)の比較」と題する書面を同年一〇月三日付けで作成し、石川島播磨に提出した。右書面の内容は、被告比較書と同趣旨である。

なお、原告会社も、同年一一月末ころに、ミクロンフィルターとメカニカルフィルターの比較表を出すよう石川島播磨の担当従業員から言われたが、原告会社はその作成や提出をしなかった。

石川島播磨は、右のとおり、被告会社の製品につきフィールドテストを行い、永松から被告会社製のメカニカルフィルターについて商品説明を受け、これに関する被告比較書、フィルター見本ファイル等の資料を検討した結果、被告会社の製品を採用することに決定し、平成二年一月ころから、原告会社製の静電ろ過材の購入ををすべて打ち切って、被告会社製のメカニカルフィルター型防じんマスクの使用を始めた。

(三) 永松は、右(二)のとおり石川島播磨に対して被告会社製のメカニカルフィルターの販売活動をした前後に、日新製鋼株式会社を含む複数の原告会社製の防じんマスクの顧客に対しても、原告会社製の静電ろ過材よりメカニカルフィルターの方が優れている旨の、被告比較書と同内容の書面を作成し、交付した。また、そのころ、「シゲマツ広島だより」と題する書面を作成し、静電ろ過材は金属ヒューム等の静電気の効果を失わせやすい粒子を捕集すると捕集効率が低下するボトム現象があるので、造船所、製鉄所等の事業所にはメカニカルフィルターの方が良い旨を記載して、これを取引先に配布した。さらに、原告会社の製品を使用している会社を含めた防じんマスクの需要者に対し、これと同様の説明をして、被告会社製のメカニカルフィルター型防じんマスクの売込みを図った。

(四) 被告会社は、昭和五八年ころ以降、右(二)記載の石川島播磨に交付したファイルと同様の、被告会社製の静電ろ過材及びメカニカルフィルターの実物を添付し、溶接ヒュームやタールミストに対する捕集性能において静電ろ過材がメカニカルフィルターに比較して劣っていることを示した「溶接ヒューム透過見本」、「溶接ヒューム(オイルミスト混在)透過見本」、「タールミスト透過見本」等と題するファイルを合わせて一〇〇部程度作成し、これを社内で従業員教育用に使うほか、防じんマスクの需要者に交付したり、平成三年一〇月に開催された、防じんマスクを含めた労働災害防止製品に関する展示会である「緑十字展」において、これを展示し、配布したりした。

(五) 平成六年八月ころ、被告会社の従業員である今田英夫は、中央労働災害防止協会大阪安全衛生教育センターにおける粉じんに関する講座の講師として、受講者(防じんマスクを使用する企業において労働安全衛生に関する業務を担当している者等)に対し、防じんマスクの種類、構造及び性能、粉じんの種類、ろ過材の種類や特徴について一般的な説明をした。また、教材として原告会社製の静電ろ過材型防じんマスク及び被告会社製のメカニカルフィルター型防じんマスクを貸与したり、溶接ヒュームが静電ろ過材及びメカニカルフィルター(いずれも被告会社製)のそれぞれを透過してバックアップフィルターに捕集された写真をオーバーヘッドプロジェクターで映写したり、「粉じんの害と防じんマスク」と題するビデオを上映したりもした。今田による説明は、一般的に静電ろ過材は溶接ヒューム等の導電性粉じんに対してボトム現象があるなどというものであり、被告論文に記載された内容と同趣旨のものであった。

(六) 平成九年四月ころ、被告会社の営業担当者である得丸は、原告会社と被告会社の双方の製品を取り扱う代理店である東京ヤマト安全株式会社の代表者色川に電話をして、静電ろ過材は溶接ヒュームに対して性能の低下がある、アメリカ合衆国では検定の基準が近々変更され、原告会社も被告会社も静電ろ過材を徐々に作れなくなるであろうという旨を述べた。

5  静電ろ過材の性能に関する日本国内の文献等について(乙四ないし七、一一、二三、三二、一一三、一二八、被告山田本人)

静電ろ過材に溶接ヒューム等を捕集すると性能が低下するという問題点があることについては、以下のとおり、被告会社以外の者によっても指摘されている。

(一) 昭和四一年発行の「労働の科学」二一巻四号には、溶接作業に際して発生する煙の主要成分は、金属及び鉱物質のヒューム(粒状物)であり、溶接煙の作業者に及ぼす影響を考える場合には、ヒューム中の混在成分及びその量が問題になること、原告会社製の静電ろ過材の捕集効率が、鉄ヒュームに対して九〇・三ないし九三・七パーセント、亜鉛ヒュームに対して六二・五ないし七八・四パーセントであったことが記載されている。

(二) 昭和五六年発行の「労働の科学」三六巻九号には、電気溶接作業場や鋳造工場で実際に使用された防じんマスクの中には捕集効率が九〇パーセントを下回るものがあったこと、その原因は、ろ過材上に粉じんが付着することによって静電気の効果が減少してしまうためと推定されることが記載されている。

(三) 社団法人日本溶接協会溶接棒部会技術委員会の昭和五七年度研究経過報告である「溶接の研究」第二二号には、溶接ヒュームに対する静電ろ過材(原告会社製のミクロンフィルター)とガラス繊維ろ過材(同・アルファリングフィルタ)の性能に関する実験結果が示されており、ガラス繊維ろ過材の捕集効率は終始九九・九パーセント以上であったが、静電ろ過材では九八パーセント程度まで低下してその後上昇したこと、このような捕集効率の推移は静電ろ過材に一般的な現象であり、ボトム値がどのくらいになるかはろ過材の種類によって大きな差異があるため、溶接ヒュームに対してはボトム値を確認することが大切であること、ヒュームが高濃度の場合や有害性の高いヒュームが発生している場合にはガラス繊維ろ過材の使用が最適であることが記載されている。

(四) 昭和六一年発行の「労働の科学」四一巻四号には、静電ろ過材の場合、粉じんの種類によっては、粉じんが付着すると静電気の効果が減殺され捕集効率が低くなるのに対し、メカニカルフィルターは、電気溶接のヒュームや放射性粉じん等のごく微細な粒子に対しても高い捕集効率があり、粉じんを捕集しても捕集効率の低下が認められない旨の記載がある。

(五) 昭和六一年ころに、原告会社製及び被告会社製の防じんマスクを使用していた製鉄会社が、作業現場で実際に発生している粉じんを対象として行った調査によれば、溶接ヒューム等の金属粉じんが存在する作業場では、メカニカルフィルターの方が性能が良く、静電ろ過材(原告会社製のミクロンフィルター及び被告会社製のMFフィルタ)は使用しない方がよいとの結果が示されている。

(六) 岡山労働基準局が監修し、昭和六一年ころ発行された小冊子「アーク溶接作業に伴うじん肺の予防」には、溶接ヒューム用防じんマスクとしては、捕集効率、吸気抵抗の面から、ろ過材がメカニカルフィルターであるものを選ぶのがよい旨の記述がある。

(七) 労働省安全衛生部の監修により平成三年に発行された書籍「安全衛生保護具のすべて」には、静電ろ過材は、溶接ヒューム等の導電性の粉じんを捕集すると静電気力が弱くなり、捕集効率が低下することがあるが、機械的作用により捕集するメカニカルフィルターの場合は、粉じんの種類による捕集効率の低下はない旨の記載がある。

(八) 平成八年八月六日付けの労働省労働基準局長による都道府県労働基準局長あて通達「防じんマスクの選択、使用等について」には、防じんマスクは一般に粉じん等を捕集するに従って吸気抵抗値が高くなるが、ろ過材の性質によっては、オイルミスト等を捕集すると吸気抵抗値が変化せずに急激に粉じん捕集効率が悪化するものもあるので、吸気抵抗値の上昇のみを使用限度の判断基準としないよう留意すべき旨が、記載されている。

6  静電ろ過材の性能に関する海外の文献等について(乙四〇、八一の1、2、八二、八三、八六、八八、九八ないし一〇四、一〇九、一三三、一三四の1、2、一三六の1、2、被告山田本人、被告代表者)

静電ろ過材の捕集効率等に関しては、以下のとおり、日本国外でも右5に記載したのと同趣旨のことが説かれている。

(一) 一九八六年(昭和六一年)に発行された国際呼吸保護協会(ISRP)の機関誌には、静電ろ過材及び高効率メカニカルフィルターの捕集効率が、シリカ粉じんに対してはいずれも九九・九パーセントを超えていたこと、静電ろ過材の捕集効率は、鉛ヒュームに対しては八五ないし九一パーセント程度、オイルミストの一種であるDOPに対しては一二パーセント前後であったこと、メカニカルフィルターの捕集効率は、鉛ヒューム及びDOPのいずれに対しても九九パーセントを超えていたことを内容とする論文が掲載されている。右論文の執筆者は、アメリカ合衆国職業安全衛生研究所(NIOSH)に所属する研究者である。

(二) 同年開催の第四回世界ろ過会議では、鋳物製造時の燃焼ヒューム、鉛溶解ヒューム等に対する静電ろ過材の捕集効率が五〇ないし八〇パーセント程度であった旨の報告がされている。

(三) 一九八七年(昭和六二年)にNIOSHが発行した「産業における呼吸保護へのNIOSHの手引き」には、静電気を与えたフィルターは、オイルミスト等に触れたり、非常に湿度の高い空気中に保管したりすると、静電荷が消えてしまうので、保管及び使用に際して注意すべき旨、空気中の液体粒子(水性のもの・非水性のもの)及び極めて微少な固体粒子が静電ろ過材の機能を低下させてしまうことがある旨の記載がある。

(四) アメリカ合衆国職業安全衛生局(OSHA)がその職員に対して一九九二年(平成四年)二月に示した「呼吸保護プログラムマニュアル」には、安全衛生協力官は、検査の間に色々な空気中汚染物質に遭遇するので、取替え式のろ過式呼吸保護具を使用すべきであること、容器中に封印された粒子状物質用のメカニカルタイプ高性能フィルターだけが、すべての粒子状物質に対する保護用として受け入れられるものであること、その理由は、このフィルターの効率が粉じんの負荷や環境条件により変化しないからであることが記載されている。

(五) 一九九四年(平成六年)五月、NIOSHは、過去二〇年間の呼吸保護技術の進歩に基づいて粒子状物質用フィルターの効果を評価する試験についての従来の方式を改善するために、当時採用されていた労働省鉱山安全衛生局(MSHA)の呼吸用保護具に関する規則に替わるものとして、呼吸用保護具の検定規格の改定案を公表した。そして、安全衛生の専門家、呼吸用保護具の製造業者、保健関係者等からの意見を聴取した上で、一九九五年(平成七年)六月、新しい規格を告示した。これによれば、防じんマスクのろ過材は、Nシリーズ、Rシリーズ及びPシリーズの三つの等級に分けられ、その捕集効率の試験は、Nシリーズについては固体塩化ナトリウム粒子状物質エアロゾルを、Rシリーズ及びPシリーズについてはDOP又はこれと同等の液体粒子状物質エアロゾルを、それぞれ試験粒子として用いて、最低効率が達成されるか、又はろ過材に供給されるエアロゾルの総量が二〇〇ミリグラムに達するまで行うものとされ、さらに、Pシリーズに関しては、エアロゾルの供給量が二〇〇ミリグラムとなった時点で捕集効率が減少中である場合にはその低下がなくなるまで試験を続行するものとされている。また、右新規格の解説部分には、ろ過材にはメカニカルフィルター及び静電ろ過材の二つの種類があり、静電ろ過材は一般にメカニカルフィルターよりも低い吸気抵抗を示すのでより少ない繊維で同じ効率を引き出すことができるが、静電ろ過材の効率は、ある種のエアロゾルにさらされると著しく低下する可能性がある旨、一方、メカニカルフィルターは、一般的に言って、劣化しにくい旨が記載されている。

(六) MSA社が一九九四年(平成六年)に作成したリーフレットには、ある種の静電ろ過材はDOPを捕集させると一〇分程度で性能を失うのに対し、MAS社製のメカニカルフィルターではそのようなことがないので、溶接等の産業で働く人でも信頼できる旨の記載がある。同社は、アメリカ合衆国の大手防じんマスク製造業者であり、右(五)のNIOSHの規格改定に際して、静電ろ過材は、メカニカルフィルターと異なり、粒子状物質がたい積すると捕集効率が低下するので、労働者の安全のため試験時間を長くすべきである、との意見を述べている。

(七) NIOSHは、一九九七年(平成九年)及び一九九八年(同一〇年)に防じんマスクの使用者や製造業者に宛てた書面の中で、Pシリーズの規格に合格したフィルター(この中には静電ろ過材も含まれる。)であっても、オイルのエアロゾルが存在する状況下で長時間使用すると、必ずしも吸気抵抗の増大を伴うことなしに、捕集効率が著しく低下することがある旨を指摘し、フィルターに使用時間の制限を表示するように求めている。

7  静電ろ過材の性能に関する原告会社の陳述について(乙一の1、2、八、四六)

右5及び6で認定したところに加え、原告会社の製品カタログや、その従業員による研究発表等にも、以下のとおり、静電ろ過材は金属ヒューム、オイルミスト等に対する捕集性能につき問題があり得るのに対し、メカニカルフィルターの場合は性能低下が起こらない旨の記述がある。

(一) 昭和五九年ころ及び平成二年ころ作成の原告会社の製品カタログには、静電フィルターに関しては、従来一般的に、ミストやオイルミストに対する捕集性能が若干弱いという欠点があり、溶接ヒュームに対してはボトム現象のあることが指摘されていた旨、ボトム現象とは静電フィルター特有の現象で、金属ヒューム等導電性の粉じんを捕集すると静電気力が次第に低下し、これに伴って捕集効率が低下するが、その後は粉じんのたい積による目詰まり効果で再び捕集効率が上昇することをいう旨が記載されている。また、右カタログに掲載されたグラフには、溶接ヒュームに対するボトム値が、ハイパーミクロンフィルターでは九九パーセントを超えるが、ミクロンフィルターの場合は、昭和五九年ころのカタログで約九七パーセント、平成二年ころのカタログで約九九パーセントであること、タールミストに対するハイパーミクロンフィルターの捕集効率は一〇〇パーセントに近いが、タールミストの量が一五〇ミリグラムとなる付近(濃度一〇ミリグラム毎立方メートルとして約八時間経過時点)で低下し始めていること、溶接ヒュームを捕集させたときは静電ろ過材の吸気抵抗が上昇するのに対し、タールミストの場合には吸気抵抗がほぼ一定であることが示されている(なお、タールミストに対するミクロンフィルターの捕集効率については記載がない。)。

(二) 原告会社の社内教育資料「ハイパーミクロンフィルターについて」の中でも、右カタログと同趣旨の記述がされている。

(三) 原告会社の従業員は、平成元年一一月開催の日本労働衛生工学会において、さび止め用オイルを塗布した鋼板を溶接したときの防じんマスクの性能につき、静電ろ過材の場合は、捕集効率が、溶接ヒュームの種類やオイルの量に応じて、〇・二ないし二パーセント弱低下するのに対し、メカニカルフィルターでは捕集効率の低下が認められなかった旨の内容の講演をしている。

8  静電ろ過材の交換時期について(甲四の4、5の1、8、11、12、13の1、六、七、四三の1、2、4、乙六五、九三、九四、一一〇)

静電ろ過材が開発された直後である昭和四〇年ころは、静電ろ過材を使用すると、まず表面(外側)が粉じんの色に着色し、使用時間が長くなるとフィルターの内側(裏面すなわち使用者の顔面の側)にも粉じんによる着色が生じてくるので、フィルターの内側に着色が見られるようになった時点ないしそれ以前にフィルターを交換すればよいといわれていた。そして、昭和五〇年ころから同六〇年ころに発行された書籍には、「ろ過材の交換はろ過材の裏面に汚れが認められるようになった時点を目標とすること」、「ろ過材は裏に汚れが見えだしたら新品と取りかえる」、「静電フィルターではフィルターの裏側の全面に粉じんの色が表れた時を交換時期の目安とするのが実用的であろう」などと記載されていた。

これに対して、被告会社は、前記3のとおり行った実験の結果、溶接ヒューム等を捕集させた場合には、ろ過材の裏側に汚れが出た時点では捕集効率が低下しており、それまでに相当量のヒュームが透過していることになるので、ろ過材の裏側の汚れを交換の基準とするのは不適当であると判断し、その旨を被告論文4、5の1、11、12等において発表した。

静電ろ過材の裏側の汚れと粉じんの透過との関係に関しては、平成四年五月に発行された、財団法人労働科学研究所副所長(当時)が著した書籍「改訂増補・防じんマスクの選び方・使い方」に、一般的に静電ろ過材については「ろ過材の裏面に汚れが認められれば新品に交換する」などといわれているが、どのような粉じん職場においてもこのような目安が通用するわけではなく、粉じんの種類(粒径、比重、色調等)の違いによってろ過材の当初の性能を維持できる期間に大きな差がある旨の記述がある。また、同年七月改正の日本工業規格「呼吸用保護具の選択、使用及び保守管理方法」中には、防じんマスクの使用中にろ過材の裏に汚れが認められる場合は、粉じんがろ過材を通過した可能性があることが指摘されている。

さらに、平成七年ころに被告会社が防じんマスクの分野における海外の有識者(NIOSHの安全衛生検定部長、ろ過材製造業者の技術部長等)の意見を聞いたところによれば、ろ過材の裏側に濃い汚れが見えるようであればそのフィルターの捕集効率が高いとはいえないし、裏側の汚れが見えなくても粉じんが透過している可能性があるから、裏側の汚れは交換の判定に使えないという回答が複数寄せられている。

二  争点1(一)(原告会社と被告個人らとの競争関係)について

1  被告個人らが、いずれも被告会社の従業員であり又はあった者であることは当事者間に争いがない(前記第二、一1(二))が、被告個人らが、被告会社の従業員の立場としてではなく、個人として防じんマスクやろ過材の製造販売に従事していることなど、原告会社と競争関係にあることをうかがわせる証拠はない。

2  この点につき、原告会社は、被告個人らは原告会社と競争関係にある被告会社の従業員であるから、原告会社と実質的に競争関係にあると主張するが(前記第二、三1(一))、ある会社と他の会社とが競争関係にある場合であっても、それをもって直ちに一方の会社の従業員である個人が他方の会社と競争関係にあるということはできないから、原告会社の右主張を採用することはできない。

3  以上によれば、原告会社と被告個人らとが競争関係にあるとは認められないから、その余の点について判断するまでもなく、被告個人らに対する原告会社の請求はすべて理由がない。

三  争点1(二)(被告らによる行為の具体的内容)について

1  被告会社が、前記第二、一3(一)ないし(三)の行為をしたことについては、当事者間に争いがない。

2  原告会社は、これに加え、前記第二、三2(一)(2)アないしオの行為もあったと主張するが、被告会社の行為については、前記一3及び4で認定した限度で認めることができるものであって、原告会社主張のその余の行為を認めるに足りる証拠はない。

3  したがって、被告会社は、右1及び2のとおり、防じんマスク用の静電ろ過材の性能に関して、静電ろ過材は溶接ヒュームやタールミストを捕集すると捕集効率が低下すること、オイルミスト混在の溶接ヒュームの場合は低下の程度が著しいこと、メカニカルフィルターにはそのような性能の低下はないこと、ろ過材の裏側の汚れはろ過材の交換基準に使えないことを要旨とする事実を、その旨を記載した被告論文、被告カタログ及び被告比較書を配布又は交付すること、並びに、被告会社の従業員が営業活動の過程においてカタログやフィルターの見本を比較したファイルを示しながら口頭で説明することによって、告知し又は流布したということができる。

四  争点1(三)(被告らが告知又は流布した事実と原告会社との関係)について

1  被告会社による右三記載の行為の中には、被告比較書のように原告会社の製品であることを明示していた場合のほか、前記一3(四)で認定したとおり、被告会社の製品であることをその製品名等により特定した場合と、いずれの会社の製品であるかを特に示していない場合とがあったと認められる。

2  右のうち、原告会社の製品であると明示された場合については、これが原告会社に関するものといえることは明らかである。

3  次に、右2以外の場合について検討する。

まず、被告会社の製品であると特定されていた場合については、その記述内容が被告会社の製品のみに当てはまるとの限定が付されていたものではなく、いずれの会社の製品であるか示されていない場合についても、これが原告会社製の静電ろ過材には該当しないと記載されていたものではない。

被告論文が掲載された「産業と保健」誌の読者に原告会社製の防じんマスクの使用者が含まれることは前記第二、一3(一)のとおり当事者間に争いがなく、さらに、前記一2ないし4で認定した事実によれば、被告カタログやフィルターの見本ファイルを示されるなどして被告会社の従業員から営業活動を受けた者は、防じんマスクを必要とする作業環境を持つ会社の安全衛生担当者等であって、原告会社が防じんマスク用の静電ろ過材を製造販売していることを熟知していたものと認められる。

そうすると、被告会社が被告論文等に記載したり、営業活動の場で述べたりした静電ろ過材の性能に関する事実は、その告知を受けた相手方において、その内容が原告会社製の静電ろ過材にも当てはまるものと理解したものと認めるのが相当である。

4  したがって、本件において被告会社が告知又は流布した事実は原告会社に関するものということができるから、原告会社は不正競争防止法二条一項一一号の「他人」に該当すると認められる。

五  争点1(四)(被告らが告知又は流布した事実の虚偽性)について

1  右一において認定した事実及び前記第二、一の争いのない事実に基づき、右三記載のとおり被告会社が静電ろ過材の性能に関して告知し又は流布した事実のうち、まず、被告論文、被告カタログ及び被告比較書に記載された事実が、不正競争防止法二条一項一一号の「虚偽の事実」に該当するかどうかについて検討する。

(一) 前記一5、6及び8において認定したとおり、静電ろ過材の捕集効率が溶接ヒューム、オイルミスト等を捕集した場合に低下すること、これに対しメカニカルフィルターに関してはそのような低下が見られないこと、静電ろ過材の裏側の汚れを交換の判断基準とすべきでないことは、日本国内及び国外の文献等にも表れていることであり、被告論文等の記載内容は基本的にこれらに合致するものであるということができる。

なお、昭和四〇年代に発表された論文等には、静電ろ過材が溶接ヒュームに対して高い捕集効率を示す旨を述べるものもあるが(甲九、一〇)、前記一5及び6で認定した事実に照らすと、右論文等をもって、溶接ヒュームに対する静電ろ過材の性能に何ら問題がないということはできない。

(二) 被告会社は、単に溶接ヒュームやオイルミストに対する捕集効率だけでなく、オイルミスト混在の溶接ヒュームや、タールミストに対する静電ろ過材の捕集効率に関しても実験を行い、それによれば捕集効率の著しい低下が認められたとして、これを被告論文により発表している。

この点については、証拠(甲一九、七二、乙七、九、九〇、九一、一一一、一一二)によれば、溶接される鋼板等には通常さび止めのために油が塗布されており、溶接をする際には、溶接欠陥が生じないよう、溶接すべき部分に付着している油類をきれいに除去すべきものとされているものの、実際の作業現場では、作業内容によっては油分が塗布された状態のままで溶接を行うこともあり、溶接ヒュームとオイルミストが併存する状況があること、コールタールは発がん性物質であるとされており、コークス炉又はガス発生炉を用いる作業現場では、加熱したコールタールの蒸気であるタールミストが発生し得ることが認められる。右に照らすと、オイルミスト混在の溶接ヒュームや、タールミストに対する捕集効率について被告会社が実験を行ってその結果を発表したことは、正当なものであったということができる。

(三) 右のうち被告論文12で発表されたオイルミスト混在の溶接ヒュームに対する捕集効率に関する被告会社の実験(甲四の12、乙二八、八四、九二の12、16ないし19、22ないし25、九六、九七、一二一、被告山田本人、被告増田本人)についてみると、五分ごとに油を塗布した上で溶接を行ってオイルミスト混在の溶接ヒュームを発生させ、これを溶接部位の直近に設置した防じんマスクのろ過材に吸引させて捕集効率の測定をしているので、実験室内のヒュームの濃度が一定せず、実験の試料とされたろ過材ごとに供給されたヒュームの濃度及びその経時的変化が相違するものとなっていると認められる(甲一〇二の1、2参照)。

そこで、被告会社による右のような実験条件の設定が合理的なものであるといえるかについて検討すると、証拠(乙一一七、一一九、一四一)によれば、ろ過材の捕集効率は粒径(粒子の大きさ)によって異なるものであり、粒径の小さい方が捕集効率が低くなること、溶接ヒュームの粒径は、発生直後の一次粒子は〇・〇一ミクロン前後の極微細なものであるが、時間の経過によりこれが凝集して〇・二ないし〇・五ミクロン前後に巨大化し、鎖状の粒子となること、実際の溶接作業現場におけるヒュームの濃度分布は時間的にも空間的にも不均一で著しく変動するものであるが、溶接部位に近いほど濃度が高く、溶接作業者は相当高い濃度のヒュームにさらされていることが認められる。したがって、発生するヒュームの濃度を管理して実験の試料となるろ過材のいずれに対しても一定濃度のヒュームを継続的に供給しようとした場合には、ヒュームが発生してからろ過材に捕集されるまでに時間が経過することによってその粒径が大きくなり、また、溶接部位のヒューム濃度が維持されなくなるために、現実の溶接作業に従事する者が溶接ヒュームを吸入する場合における防じんマスクの捕集効率を正確に表すものにはならないと考えられる。そうすると、被告会社において、実際の作業現場における防じんマスクと溶接部位との位置関係を実験室内で作出して、粒径の小さい、発生したての溶接ヒュームを高濃度で実験対象たるろ過材に供給できるようにし、かつ、オイルミストを常時発生させるために、実験に用いられた三〇ないし四〇センチメートル四方の鉄板に塗布された油分が蒸発して乾いてしまうことがないように、五分ごとに溶接するたびにさび止め油を塗り直すという実験条件を設定したことは、ヒューム濃度にばらつきがある点でろ過材ごとの捕集効率を厳密に比較するものではないとはいえ、実際の作業現場で労働者が溶接ヒュームにさらされる状況に合わせてオイルミスト混在の溶接ヒュームのろ過材の捕集効率に対する影響を検証するという実験の目的に照らせば、相当なものであったということができる。

(四) また、タールミストに対する性能に係る被告論文5の2及び9についてみると、原告会社のカタログ等に示されたもの(前記一7(一)及び(二)参照)と比較した場合、被告会社の実験ではより長時間にわたって多量のタールミストを供給していると認められる(別紙五「論文等記載内容目録」第1、6及び10参照)。このように被告会社が長時間にわたる実験を行った点は、タールミストを捕集しても吸気抵抗が上昇しないこと(乙一の1、2、七四)から、作業員が長時間ろ過材を使用し続ける可能性があることに照らすと、合理的なものと解され、また、前記一6(五)で認定したNIOSHの新しい規格において長時間にわたる試験の続行が要求されていることにも、合致しているということができる。

したがって、タールミストに対する捕集効率についての被告会社による実験の条件設定も、妥当なものであったと認められる。

(五) 他方、原告会社が本件訴訟の提起前及び提起後に行った実験によれば、被告論文や被告カタログ、被告比較書に示されたような捕集効率の低下は、被告会社製の静電ろ過材に関しては認められたが、原告会社製の静電ろ過材においては見られなかったと認められる(甲一五、一六、一九、二〇、二二、二三、三七の1ないし4、六二、六三、七三、七四の1、2、七五の1、2、七六ないし七八、八八の1、2、八九、九〇、九三の1ないし3、九四の1ないし3、九五、検甲一、二、証人木村、原告代表者)。

しかしながら、被告会社による実験の結果と原告会社による実験の結果との間で相違が生じたのは、<1>後述(六)のとおり、両者の実験条件が異なっていること、及び、<2>後述(七)のとおり、被告会社が被告論文等で発表した実験を行ってから原告会社が実験を行うまでの間に、原告会社製の静電ろ過材の品質が向上していることによるものと解することができるから、原告会社による実験の結果と相違することをもって、被告論文等で述べられた事実が虚偽であるということはできない。

(六) すなわち、右(五)<1>の実験条件の違いについてみると、オイルミスト混在の溶接ヒュームに対する捕集効率に関する実験(原告会社につき、原告会社による実験のうち最後にされた甲九三の1ないし3、九四の1ないし3、九五、検甲二。被告会社につき、被告論文12の基礎となった乙九二の12、16ないし19、22ないし25)を比較すると、両者の実験の条件は、実験室の大きさ、排気方法、油の塗布量等において異なっていると認められる。また、右(四)記載のとおり、タールミストに対する捕集効率に関する実験では、タールミストをろ過材に捕集させた時間ないし供給したタールミストの量が、両者の実験で大きく相違している。

なお、被告会社による実験の具体的な条件設定が証拠上明らかでない部分もあるが、本件訴訟は被告論文1の発表から約一四年を経過した後に提起されているものであって、この間における資料の散逸等を考慮すると、被告会社が被告論文の基礎となった実験につき十分な資料を開示し得ないことを挙げて被告論文の内容につき信用性がないということはできない。

そして、被告会社による実験条件の設定が不合理とはいえないことは、右(三)及び(四)で説示したとおりであるから、原告会社による実験とその条件設定が異なることをもって、被告論文の内容が妥当性を欠くということはできない。

(七) 右(五)<2>の原告会社製の静電ろ過材の品質が向上した点について、原告会社は、原告会社のミクロンフィルターの性能は昭和四七年ころまでに確立されており、それ以降は製造方法や仕様の変更等はないと主張し、これに沿う証拠(甲一三〇ないし一三二)を提出し、原告代表者はその旨の供述をしている。

しかしながら、証拠(甲一七、一八、二五の3、乙一の2、五〇、七五、八三、一〇八、一二四)によれば、原告会社は、昭和四〇年代初めころ以降、原告会社製の静電ろ過材であるミクロンフィルターを溶接作業時に使用していた顧客に対し、溶接ヒュームに対して高い捕集効率を得るために、静電ろ過材と共にガラス繊維製のメカニカルフィルターであるGLフィルターを併用することを(併用により吸気抵抗が相当程度高くなるにもかかわらず)勧めていたこと、ところが、平成三年ころ以降になると、ミクロンフィルターは開発以来幾多の研究・改良が加えられ、現在ではGLフィルターを使用しなくてもミクロンフィルターのみで十分な防護性能が得られるようになった旨を顧客に告知していること、原告会社が昭和六〇年ころに学会で発表したところによれば、溶接ヒュームに対するミクロンフィルターのボトム値が九五パーセント程度になることがあったのに、平成二年ころの原告会社のカタログには、ボトム値が約九九パーセントである旨がグラフ上に示されていることが、認められる。

右認定の事実によれば、被告論文が発表された当時は、ミクロンフィルターのみでは溶接ヒュームに対する捕集効率が十分でなかったところ、本件訴訟を提起するころまでにその性能が向上し、GLフィルターの併用が不要となったものと認めることができるから、原告会社の右主張を採用することはできない。

(八) さらに、前記一7で認定したとおり、溶接ヒュームやオイルミストを捕集させると静電ろ過材の捕集効率が低下することは、原告会社自身がかつて認めていたところであり、本件における原告会社の主張は、自らが従前述べていた内容と相いれないものである。

しかも、原告会社は、本件訴訟の訴状において、「原告では、被告会社、被告会社従業員が前記雑誌等に発表している試験方法を厳密に辿り、再三にわたり実験を行っているが、被告会社の『研究報告』の全般に流れる、溶接ヒュームに対して、あるいはオイルミストが混在する場合の溶接ヒュームに対して、静電濾層の捕集効率は低下(溶接ヒュームで九一・五パーセント、タールミストで五〇ないし六〇パーセント以下、溶接ヒュームとオイルミスト混在で七〇ないし九〇パーセント以下)し、使用を止めなければならないとするような結論には全く立至らない。」と述べているが、右主張に沿うような、本件訴訟の提起前に原告会社が被告論文に示された試験方法を「厳密に辿り、再三にわたり」実験を行っていたことを示す証拠は提出されていない。

(九) 以上を総合すると、被告論文、被告カタログ及び被告比較書に記載された事実については、被告会社がその発表当時採用した実験条件及び試料によれば、被告会社が公表したのと同様の実験結果が得られるものと解することができる。したがって、右事実は、不正競争防止法二条一項一一号の「虚偽の事実」に該当するものではないというべきである。

2  また、前記一4で認定した事実によれば、被告会社の従業員がその営業活動の過程において静電ろ過材の性能に関し口頭で述べた事実の内容は、被告論文、被告カタログ及び被告比較書に記載された事実と同趣旨のものであったと認められるから、被告会社の従業員による顧客への説明の内容も、右1で判断したところと同様に、「虚偽の事実」には当たらないと解するのが相当である。

3  この点について、原告会社は、前記第二、三4(一)のとおり、被告会社による実験結果は信用できず、被告論文等の記載内容は虚偽の事実であると主張しているが、本件において証拠上認められる事実を総合すれば被告会社が告知又は流布した事実が「虚偽の事実」に該当しないことは前に説示したとおりであって、原告会社の右主張は採用することができない。

4  したがって、前記三の被告会社の行為は、不正競争防止法二条一項一一号所定の不正競争行為を構成しないというべきである。

六  以上によれば、原告会社の請求は、その余の点につき判断するまでもなく、いずれも理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(口頭弁論の終結の日 平成一〇年一二月一日)

(裁判長裁判官 三村量一 裁判官 長谷川浩二 裁判官 中吉徹郎)

(別紙一)

当事者目録

東京都千代田区四番町七番地

原告 興研株式会社

右代表者代表取締役 酒井眞一

右訴訟代理人弁護士 河合弘之

安田修

野中信敬

千原曜

久保田理子

清水三七雄

大久保理

上西浩一

原口健

中小路大

河野弘香

東京都千代田区外神田三丁目一三番八号

被告 株式会社重松製作所

右代表者代表取締役 重松開三郎

埼玉県入間郡越生町上野八一四

被告 中井悟

埼玉県大宮市櫛引町二-四九九-二 プリムローズ大宮一〇三号

同 臼井信一

東京都三鷹市井の頭四-七-二〇

同 増田庄司

茨城県結城市大字結城一一二一番地

同 向縄彰彦

埼玉県桶川市若宮一-八-二八-二〇四

同 山田比路史

福島県郡山市富田町字登戸三一の四

同 斎藤忠彦

埼玉県大宮市大成町二丁目一三五番地

同 橋本俊樹

埼玉県北足立郡伊奈町小室二二七八-九二 第二サンライズ伊奈二〇三

同 宮﨑文昭

右九名訴訟代理人弁護士 尾高聖

成田信子

松下正

後藤康淑

(別紙二)

訂正及び謝罪広告目録

一 内容

1 当社は、専門誌「産業と保健」(産業と保健社発行)等において当社の研究員による大略以下のとおりの内容を記載した研究発表を行いました。

「防塵マスク交換フィルターである静電濾層(フィルター)は、溶接作業時に発生することがある金属ヒューム(粉塵)、オイルミスト(霧状油)については捕集効率が著しく低下し、人体に悪影響があること、またそのために当該作業現場には不適当であること」

2 しかしながら今般、右の発表の前提たる実験結果は、興研株式会社の製品である静電濾層(フィルター)については、当てはまらないことが判明いたしました。そこで、当社の研究発表等により、興研株式会社の商品に対する信用を損ねる結果となったこと認め、右各研究発表を取り消すとともに、謝罪いたします。

二 条件

1 掲載場所 巻頭頁

2 大きさ 最低一頁

(別紙三) 論文等目録

番号 掲載誌 発行年月日 執筆者 標題等 書証番号

1 「産業と保健」4号 34頁以下 昭和53年2月15日 宮﨑文昭 静電ろ層の性能 ヒュームと石英粉じんの捕集効率について 甲四の1

2 「産業と保健」9号 15頁以下 昭和55年9月1日 宮﨑文昭 MFフィルターと新防じんマスク 甲四の2

3 「産業と保健」14号 61頁 昭和57年8月10日 山田比路史 読者のページ・質疑応答欄 甲四の3

4 「産業と保健」15号 26頁以下 昭和58年2月10日 臼井信一 防じんマスクの濾過材交換基準と点検要領について 甲四の4

5の1 「産業と保健」18号 20頁以下 昭和59年5月25日 中井悟 防じんマスクの規格改正の要点と防じんマスク用フィルタの特徴並びに交換基準について 甲四の5の1

5の2 25頁以下 野村光治 防じんマスクのタールミストに対する性能 甲四の5の2

6 61頁 山田比路史 読者のページ・質疑応答欄 甲四の6

7 「産業と保健」19号 48頁以下 昭和59年10月15日 山田比路史 メカニカルフィルタと静電ろ層の溶接ヒュームに対する性能 甲四の7

8 24頁以下 中井悟 防じんマスクの規格改正の要点と防じんマスク用フィルタの特徴並びに交換基準について 甲四の8

9 「産業と保健」21号 25頁以下 昭和60年7月15日 橋本俊樹 クールミストに対する防じんマスク用ろ過材の性能 甲四の9

10 「産業と保健」22号 10頁以下 昭和60年10月30日 斎藤忠彦、増田庄司 水に浸すと吸気抵抗がもとに戻る新型の防じんマスク用フィルタ 甲四の10

11 「産業と保健」25号 29頁以下 昭和62年3月6日 山田比路史、増田庄司 フィルタの裏の汚れと捕集効率 甲四の11

12 「産業と保健」29号 12頁以下 平成元年7月15日 向縄彰彦、増田庄司 オイルミストと溶接ヒュームが混在した環境下での防じんマスクの性能 甲四の12

13 「産業と保健」30号 10頁以下 平成2年3月23日 重松開三郎 じん肺防止に役立つ呼吸用保護具とその有効活以下法(その1) 甲四の13の1

「産業と保健」31号 10頁以下 平成2年7月16日 同上(その2) 甲四の13の2

(別紙四)

カタログ目録

「防じんマスクDust Respirator」と題する製品カタログ

作成 株式会社重松製作所

印刷年月日 一九九一年(平成三年)九月三〇日

(別紙五)

論文等記載内容目録

第1 被告論文

1 被告論文1「静電ろ層の性能 ヒュームと石英粉じんの捕集効率について」(甲四の1)

(1) 表1(各種防じんマスクのヒュームと石英粉じんに対する捕集効率)には、低水素溶接棒ヒュームに対する捕集効率が、複層型(DR-24)が99.8パーセント、単層型(従来型)Aが99.1パーセント、同Bが99.6パーセント、同Cが97.0パーセントであると記載されている。(35頁)

(2) グラフ1(捕集効率-時間経過〔低水素溶接棒(LB-52)ヒューム〕)には、複層型(DR-24)並びに単独ろ層型A及び同Bについて、捕集効率の時間による変化が示されており、複層型については100分経過時点でもほぼ99パーセントの捕集効率を有しているのに対し、単独ろ層型のものは、20分経過時点で、単独ろ層型Aが約97.5パーセントまで、同Bが約91.5パーセントまで低下し、その後これが上昇するというグラフが描かれている。(35頁)

(3) 「グラフ1にヒュームの時間経過による捕集効率、グラフ2には石英粉じんについての実験例を挙げましたが、これによってもヒュームに対する方が捕集効率の低下率は大きくなっております。」(35頁右欄)

(4) 「このように静電ろ層は石英粉じんに対しては高い性能を有します。一方ヒューム、ミスト等の導電性の粒子(フィルターの持っている静電気を逃がす性質のある粒子)に対しては、特に時間の経過につれて性能が低下する傾向があります。シリカ粉じんと同等の性能を有するフィルターには、静電気力によらない物を使用すれば良さそうに思えます。」(36頁左欄)

(5) 「静電ろ層は導電性粒子のフィルターに向かないとなりますと、防じんマスクに使用するフィルターがなくなることになります。」(36頁左欄)

2 被告論文2「MFフィルターと新防じんマスク」(甲四の2)

(1) 「MFフィルター(以下MFという)は三菱重工業株式会社広島研究所で開発された不織布をベースとする静電濾層ですが、当社において1年余り、種々のテストを行い、改良を加えた結果、現行の各種静電濾層と比較し、極めて優良なフィルターと判定できるようになりましたので、防じんマスク用のフィルターとして採用する事にしました。」(15頁左欄及び右欄)

(2) 図2(MFフィルターおよびエレクトロフィルター使用防じんマスクの比較、捕集効率-ヒューム累積堆積量)のグラフには、捕集効率の最低値が、DR-58が約92パーセント、DR-58Sが約94パーセント、DR-63Sが約96パーセント、DR-63が約98パーセント、DR-63S(プレフィルター付GP)が約99.5パーセントとなっているのに対し、DR-27Sについては捕集効率が終始ほぼ100パーセントであることが示されている。(18頁)

(3) 「図2、3は低水素系溶接棒より発生するヒュームに対するMFフィルターを組み込んだ防じんマスクを従来の防じんマスクと比較したテスト結果例として、27タイプ、63タイプ、58タイプをプロットしました。2で述べたように捕集効率では大きな差がなく、吸気抵抗の上昇は小さくなっております。しかしながら、MFフィルターも静電濾層の一種ですので、グラフでおわかりのように単層型では捕集効率の低下がはっきり認められます。これは静電濾層の宿命とも言うべきものですが、これについては、産業と保健第4号(P34)『静電濾層の性能、ヒュームと石英粉じんの捕集効率について』をご参照下さい。」(19頁左欄)

3 被告論文3「読者のページ」(甲四の3)

(質問の欄)

「わたくしは溶接工をしていますが、溶接ヒューム・オゾンは静電濾層では取れないのでしょうか。」

(回答の欄)

「問題は、粉じん堆積の初期に見られる捕集効率の低下です。当社の研究室では、石英粉じんと溶接ヒューム(低水素系アーク溶接)を用いた試験を行っております。両者に対する静電濾層の性能を比較してみますと、溶接ヒュームのときの下がり方は、石英粉じんのときよりもはるかに大きいことがわかっております。静電濾層は、フィルタの構造による機械的な捕集機構に加えて静電気力も利用して粉じんを捕集しようというものですから、この効率低下の原因には、何かしら粉じんの電気的性質が関係しているものと予想されます。そして、溶接ヒュームの電気的性質の方が、石英粉じんのそれよりも静電気力を減少させる効果が大きいのであろうと考えられます。このように、静電濾層は溶接ヒュームに対して弱い面を持っていますから、濃度が低い場合を除いて、あまり適しているとはいえません。ヒューム濃度が高い環境においては、静電濾層ではなく、機械的な捕集機構を利用したメカニカルフィルタを用いた方が良いと思います。」

4 被告論文4「防じんマスクの濾過材交換基準と点検要領について」(甲四の4)

(1) 「静電濾層は、羊毛フェルトまたは不織布等に特殊な樹脂を加工処理し、発生させた静電気の吸引力によって粉じん等の捕集力を高めているフィルタです。しかしながら粉じん等を捕集するにつれて静電気が徐々に失われていき、静電気による捕集効率は低下していきます。一般的に導電性の低い鉱石粉じんの場合には低下はわずかですが、溶接ヒュームのような導電性の微粒子を捕集すると、低下が大きくなることが認められています。」(26頁左欄及び右欄)

(2) 図-1(当社製特級防じんマスク(静電濾層使用)のヒューム堆積特性)のグラフには、ヒューム累積たい積量約70ミリグラム(開始から70分ころ)の捕集効率が、95パーセントを割り、93パーセント程度まで低下していることが示されている。図-2(防じんマスクDR-28(メカニカルフィルタ使用)のヒューム堆積特性)のグラフには、捕集効率が常に99パーセント以上であり、時間の経過につれて100パーセントに近づくことが示されている。(27頁)

(3) 「現在、一般的に濾過材の交換基準として裏側から見て汚れが見えるようになったときとされています。」、「しかしながら溶接ヒュームのような導電性の高い粒子の場合は、性能低下が大きいので、この判断基準は不適当です。」(27頁左欄)

5 被告論文5の1「防じんマスクの規格改正の要点と防じんマスク用フィルタの特徴並びに交換基準について」(甲四の5の1)

(1) 「静電ろ層 フエルト類(羊毛又は合成繊維)に特殊な樹脂処理を施すことにより強い静電気力を持たせたフィルタで、この静電気が粉じんを引きつけるため、吸気抵抗の低いわりに高い捕集効率を有しています。ただし、最近の研究によると金属ヒューム等の導電性の粒子を捕集すると捕集効率が低下することがわかってきました。このため、溶接作業等で発生する金属ヒュームを対象とする場合は最適とはいえません。また、捕集効率もメカニカルフィルタの高性能品と対比すると劣りますので、毒性の高い粉じんに対しても不向きといえます。」(22頁左欄)

(2) 「メカニカルフィルタは粉じんを捕集をしても捕集効率が低下することはなく、上昇する一方です。これに対して静電ろ層の捕集効率は金属ヒューム等を捕集すると、目づまりが起こるまでの間、明らかに低下していきます。(図1参照)このため当初の性能(試験期間)で示される捕集効率の比較だけで捕集性能の良否を判定することは困難です。」(23頁左欄及び右欄)

(3) 図1(当社防じんマスクの溶接ヒュームたい積特性)には、被告会社製の静電ろ層使用防じんマスクの捕集効率が、使用時間200分程度の時点で、約96パーセントまで低下することが示されている。(22頁)

6 被告論文5の2「防じんマスクのタールミストに対する性能」(甲四の5の2)

(1) 「表2及びグラフ1に示す通り、静電ろ層を使用したDR〔A〕、〔B〕はタールミストを捕集するにしたがって捕集効率が低下し、約550mgを供給した場合(試験No.5参照)では約50%まで捕集効率が低下しました。(この供給量は環境濃度5mg/m3下で、約60時間使用した場合に相当します。)一方メカニカルフィルタを使用したDR〔C〕はすべての試験について99.9%以上の捕集効率を保持しました。」(27頁左欄)

(2) 「表2に示す通り、静電ろ層を使用したDR〔A〕、〔B〕は、タールミストを捕集するに従い、ベンツ(a)ピレンの捕集効率も低下しており、540mgを供給した時点では約60%にまで下がっています。一方メカニカルフィルタ使用のDR〔C〕は、質量法による捕集効率と同様に99.9%以上でした。」(27頁左欄)

7 被告論文6「読者のページ」(甲四の6)

(質問の欄)

「ろ過材の性能差は、何によって決まるのですか?」

「溶接作業現場での実例をもとに、お尋ねします。これまで使用していた防じんマスクのフィルタは、半日使うと裏側に汚れが見えるため、1日に2回ろ過材を交換していましたが、貴社の防じんマスクDR-28を現場テストしたところ、約1ヵ月たっても裏側に汚れが出ません。ろ過材によって、こんなに大きな差が出るのはなぜですか。また、このフィルタは最長どのくらい使えますか。」

(回答の欄)

「静電ろ層では、ヒュームの捕集量が増すにつれて捕集効率が低下し、その後、上昇してきます。初めの低下は、ヒュームが繊維に付着することによって、静電気力が弱まるからであり、その後の上昇は、フィルタの目づまり効果によるものと思われます。一方、メカニカルフィルタでは、ヒュームを捕集しても、捕集効率の低下はなく、最初から上昇して行きます。これは、静電ろ層のように捕集効率の低下する要因が無く、最初から目づまり効果が効くからです。」

「ある程度使用したフィルタは、裏側からの汚れが目立つようになり、この時は、すでにかなりのヒュームが透過していることになります。」

「静電ろ層が、メカニカルフィルターと同様の高い捕集効率である時間は、非常に短いため、当然フィルタの交換頻度は多くなります。」

8 被告論文7「メカニカルフィルタと静電ろ層の溶接ヒュームに対する性能」(甲四の7)

(1) 「透過率の変化 メカニカルフィルタでは、初期にわずかな透過が見られるが、その後0%に近づいていく。これに対して静電ろ層では、透過率は最初増加し、その後低下する傾向を示す。ただし0%に到達するまでに相当の時間を要する。」(49頁右欄)

(2) 「通気抵抗の変化 メカニカルフィルタでは通気抵抗は徐々に、しかも直線的に増加する。一方、静電ろ層では、初期抵抗は非常に低いが、MFで見られるように透過率が0%に近づくにつれて著しく高くなる。CO2アーク溶接ヒュームの場合の結果を図4に示す。透過率および通気抵抗の変化の仕方は、被覆アーク溶接ヒュームの場合と同様であるが、全般的に透過率は低く通気抵抗の上昇率が大きいという違いが見られる。以上の2種類の溶接ヒュームに対して、メカニカルフィルタ(CA-28UEA)は問題ないが、静電ろ層では透過率が大きすぎると思われる。」(49頁右欄及び50頁左欄)

(3) 「静電ろ層を用いた当社のいくつかの防じんマスクのろ過面積を表2に示す。濾過面積は約100cm2から約150cm2の範囲にある。従って、30l/minにおける面速度は約3cm/secから約5cm/secの範囲となる。透過率を下げるために、面積を広くする方法を利用しようとすると、実際の防じんマスクとしては300cm2以上のろ過面積を持つように設計する必要があり、マスクのサイズは非常に大きなものになってしまう。また、透過率を下げるためにフィルタの厚みを増すと、初期通気抵抗は高くなり、しかもマスクのサイズも大きくなってしまう。」(51頁左欄及び右欄)。

(4) 「微細繊維のメカニカルフィルタは、一般に厚みが少ないため、広い面積を保ったままコンパクトな形にすることが可能である。しかも、ヒュームを捕集しても透過率が増加しないという特長を持っている。防じんマスクの形状が従来のようにコンパクトで、しかも溶接ヒュームに対して高性能なものとしようとする場合には、広い面積を持つように設計された微細繊維のメカニカルフィルタが適していると考える。」(51頁右欄)

9 被告論文8「防じんマスクの規格改正の要点と防じんマスク用フィルタの特徴並びに交換基準について」(甲四の8)

(1) 「静電ろ層 フエルト類(羊毛又は合成繊維)に特殊な樹脂処理を施すことにより強い静電気力を持たせたフィルタで、この静電気が粉じんを引きつけるため、吸気抵抗の低いわりに高い捕集効率を有しています。ただし、最近の研究によると金属ヒューム等、特に導電性の高い粒子を捕集すると捕集効率が低下することがわかってきました。このため、溶接作業等で発生する金属ヒュームを対象とする場合は最適とはいえません。また、捕集効率もメカニカルフィルタの高性能品と対比すると劣りますので、毒性の高い粉じんに対しても不向きといえます。」(25頁左欄及び右欄)

(2) 図1(当社防じんマスクの溶接ヒュームたい積特性)には、被告会社製の静電ろ層使用防じんマスクの捕集効率が約96パーセントまで低下することが示されている。(25頁)

10 被告論文9「タールミストに対する防じんマスク用ろ過材の性能」(甲四の9)

(1) 「我が国では、防じんマスクの捕集効率を測定する場合は、標準粒子として石英粉じんが用いられていますが、実際の作業環境中にはタールミストや金属ヒュームなど石英粉じんとは異なる性質を持った粒子も存在しています。一方、これらに対する防じんマスクのろ過材は、大別すると2種類になります。すなわち、拡散、慣性等の衝突作用によって粉じんを捕集するメカニカルフィルタと、静電気の吸引力で粉じんを捕集する静電ろ層です。どちらのタイプのものも、特長を生かすために色々と工夫されていますが、対象とする粒子の種類によって異なる特性を示すことがあります。ですから、防じんマスクの性能をフルに発揮させるためには、作業環境中の有害物質に適するろ過材を持った防じんマスクを選ぶことが必要です。」(25頁左欄)

(2) 「静電ろ層-Aは、静電ろ層-Bより使用初期の性能で劣っており、また低下する割合が大きくなっています。静電ろ層-Bは、使用初期からタールミストの累積供給量が400mgを越えるあたりまで99.7%~99.9%の性能を示しました。しかし静電ろ層-Aと同様に徐々にその性能は低下してしまいます。一方、メカニカルフィルタは、使用初期から約70時間(図2の横軸に示す使用時間)までは99.9%以上の性能を維持しました。」(26頁右欄)

(3) 図2(タールミスト捕集効率と吸気抵抗)には70時間経過時点における捕集効率が、静電ろ層-Aにつき50数パーセントまで、静電ろ層-Bにつき90パーセントを割るところまで落ち込んでいることが示されている。(26頁)

11 被告論文10「水に浸すと吸気抵抗がもとに戻る新型の防じんマスク用フィルタ」(甲四の10)

(1) 「防じんマスク用フィルタを、大きく分類すると静電ろ層とメカニカルフィルタに分かれることはすでにご存じと思います。」(10頁左欄)

(2) 「U1AHフィルタは、メカニカルフィルタですので溶接ヒュームを捕集しても捕集効率の低下がなく、使用するほど捕集効率は上昇します。」(10頁右欄)

(3) グラフ2(U1AHフィルタの溶接ヒューム堆積特性)には、被告会社製のメカニカルフィルタであるU1AHフィルタと、会社名・製品名を明記しない静電ろ層の捕集効率が示されている。これによればU1AHフィルタの捕集効率が、約90パーセントから立ち上がり、累積供給量20ミリグラム程度で99パーセントを越え、次第に100パーセントに近づくのに対し、静電ろ層の捕集効率は、当初は約98パーセントであるが、累積供給量10ミリグラムの時点で約96パーセント、同20ミリグラムの時点で約94パーセント、同30ミリグラムの時点で約93パーセント、同40ミリグラムの時点で約92パーセントにまで低下し、その後に徐々に上昇して、同100ミリグラムの時点で約97パーセントになるとされている。(11頁)

12 被告論文11「フィルタの裏の汚れと捕集効率」(甲四の11)

(1) 「防じんマスク用フィルタの交換時期を、フィルタの裏側の汚れで判定することが、従来多く行われてきました。これは、フィルタの裏側に汚れが出てきた時に捕集効率が低下するという考え方に基づいていることが少なくないようです。このような考え方が、本当に正しいかどうかを調査したので報告します。」(29頁左欄)

(2) 「試験フィルタとして、静電ろ層、メカニカルフィルタ及び故意に貫通穴を開けたメカニカルフィルタ(穴径1mmのものと穴径3mmのもの及び穴径3mmの穴が3個あるもの)を用いました。」(29頁左欄)

(3)「約12m3のチャンバ内で軟鋼板に低水素系被覆アーク溶接を行って発生させた溶接ヒュームを、デジタル粉じん計に装着した試験フィルタに15l/minの流量で流し、捕集効率及び吸気抵抗を連続測定しました。」(29頁左欄及び右欄)

(4) 「静電ろ層(正常品)捕集効率と吸気抵抗の変化を図2に、試験フィルタの裏側(出口側)とバックアップフィルタ表側(入口側)の写真を写真2に示します。捕集効率は、初期には高いが、時間の経過と共に低下し、ある時点から上昇する、いわゆるボトム現象を示しています。吸気抵抗は、初期には低く、上昇はゆるやかであるが、ボトムを過ぎたあたりから急激に上昇を始めます。このような性能の変化に対応して、試料の裏側の汚れは次のような変化をします。60分後ぐらいまでは、試料で捕集したヒュームの影が透けて見える程度ですがその濃さは段々と増加し70会以降はヒュームが裏側にしみ出して来るようになります。」(30頁左欄及び右欄)

(5) 図2には、静電ろ層の捕集効率が50分ないし60分経過時点で、約87パーセントまで低下していることが示されている。(30頁)

(6) 「一方、バックアップフィルタの汚れは、初期の段階ではわずかであるが、段階毎に濃くなっています。そして、フィルタの裏側の汚れが、まだそれほどはひどくない60分後の頃に、もっとも濃くなっています。これは測定器の結果と一致しておりその頃が、もっとも捕集効率が低下していること並びにそれまでに相当量が透過していることを示しています。しかも、フィルタの裏側の汚れはその時の捕集効率ではなく、むしろその時までに透過したヒュームの量を示しているものと思われます。」(30頁右欄及び31頁左欄)

(7) 「試験結果を、試料の裏側の汚れと捕集効率についてまとめると表2の様になります。静電ろ層では、捕集効率がボトム現象を示すため、その交換は捕集効率が落ち切る前に行う必要があります。ところが、裏側に汚れが出て来るのは、捕集効率が落ち切った後であり、フィルタの交換時期としては遅すぎることになります。」(32頁右欄)

(8) 「いずれのフィルタでも、捕集効率が低下していると、裏側に汚れが認められます。」(32頁右欄)

13 被告論文12「オイルミストと溶接ヒュームが混在した環境下での防じんマスクの性能」(甲四の12)

(1) 「メーカーとしては、防じんマスクの捕集性能の評価を国家検定に用いられるシリカ粉じんばかりでなく、溶接ヒュームについても行っています。しかしながら、これでも実際の溶接現場の粒子を再現しているとはいえません。何故なら、多くの場合、溶接の母材である鉄板にはサビ止めオイルが塗布されているので、これに溶接を行った場合、溶接ヒュームと共にオイルミストが発生するからです。このように、溶接ヒュームとオイルミストが混在した場合、防じんマスクの捕集性能は、どのように変化するか試験を行いました。」(12頁左欄)

(2) 表1(試料)に、試験の対象とされた防じんマスクのフィルタのタイプが、マスクAないしCについては「静電」であり、マスクD及びEについては「メカニカル」であることが示されている。(12頁)

(3) 「図2、3、4を見て分かるように、オイルミストが混在する場合静電フィルタの捕集効率は、溶接ヒュームのみの場合よりも激しくボトムすることが分かりました。そして、裏面の汚れはボトム現象の大きさに比例するように濃くなりました。一方、メカニカルフィルタは、オイルミストが混在しても大きな捕集効率の低下は認められませんでした。静電フィルタの捕集効率が、オイルミストが混在すると溶接ヒュームのみの場合よりも大きなボトムが現れるということは、単純に考えてオイルミストが溶接ヒュームよりも静電気を消失させる性質が強いことによるものと考えられます。」(13頁右欄及び14頁左欄)

(4) 図-2(マスクAの捕集効率)には、溶接ヒュームとオイルミストが混在する場合の捕集効率が5時間ないし7時間経過鋒に70パーセント近くまで落ち込むことが示されている。同様に、図-3(マスクBの捕集効率)には5時間ないし7時間経過時点で約50パーセントまで、図-4(マスクCの捕集効率)には2時間ないし4時間経過時点で65パーセント程度まで、捕集効率が落ち込むことが示されている。(13頁)

(5) 「オイルミストが混在した場合、静電フィルタの裏の汚れは溶接ヒュームのみの場合よりもはっきりと現れます。特にひどいものでは、表と裏がほぼ同じ色の濃さになるものもありました。」(14頁左欄)

(6) 「今回の試験では、オイルミストが混在すると、溶接ヒュームに対する防じんマスクの捕集効率は、今まで考えられていたよりも更に低くなりました。このことから、防じんマスクの実際の捕集効率は、国検で用いられているシリカや、発生形態を単純にまねて発生させた方法では必ずしも評価し得ないと思われます。これに反して、『裏から見て汚れが見えたら捕集効率が低い』という新しい判定方法が、実際につかえます。従来、裏側の汚れは交換の目安でしたが、今回の結果から言えば、裏側に汚れが出るような粉じんの存在する作業現場では静電フィルタの使用を止めるべきです。」(14頁左欄及び右欄)

14 被告論文13「じん肺予防に役立つ呼吸用保護具とその有効活用法」(甲四の13の1及び2)

「【静電ろ層】は、静電気の吸引力を利用するため、ろ過材に静電気を持たせたろ過材で、通気抵抗が低い割に、捕集効率が高い特長があります。このため、小さいろ過面積ですむので、マスクを小型化することが出来ます。(写真7)反面、静電気の力を失わせ易い溶接時のヒュームや、ミストなど、導電性の粉じんを捕集すると、捕集効率が低下することがありますので注意が必要です。」(甲四の13の1、13頁右欄及び14頁左欄)

第2 被告カタログ(甲三)

1 「メカニカルフィルタはどんな粉じんを捕集しても捕集効率が低下することなく、上昇する一方です。これに対し、静電フィルタの捕集効率は金属ヒューム等を捕集すると、低下してきます。このため、初期の捕集効率の比較だけで捕集性能の良否を判定することは不適当で、使用される全時間を通して、どれだけの透過があったかを調べる必要があります。」(5頁左欄)

2 溶接ヒューム(オイルミスト混在)たい積特性、タニルミストたい積特性について、被告会社の製品であるメカニカルフィルター及び静電ろ層(エレクトロ、MF)における使用時間と捕集効率の関係を描いたグラフが掲載され、溶接ヒューム(オイルミスト混在)の場合には、静電ろ層(エレクトロ)につき80パーセント近くまで、タールミストの場合には、静電ろ層(エレークトロ)につき60パーセントを割るところまで、静電ろ層(MF)につき80パーセント台まで、捕集効率が落ち込むことが示されている。(5頁)

第3 被告比較書「新型防じんマスクについて 現在ご使用品(1005RR型)とご検討品(DR-28UAHとDR-73AHK)の比較」(乙一四)

1 「現在ご使用品→1005RR型の性能について」、「このフィルタは、一般的には静電ろ層といわれるもので、静電ろ層はフェルト類(羊毛又は化学繊維)に特殊な樹脂処理を施す事により、強い静電気力を持たせたフィルタです。この静電気が粉じんを引き付けるため、吸気抵抗の低いわりに高い捕集効率を有しています。しかし、金属ヒューム等静電気の効果を失わせやすい粒子を捕集すると捕集効率が低下することが指摘されています。」、「溶接する金属にオイルが塗ってある場合はもちうん、金属ヒュームのみが発生する場合も最適とは言えません。またミストや微細な粒子に対する捕集効率も機械(物理)的な捕集機能をもついわゆるメカニカルフィルタの高級品より低いので、タールミストその他、有害な微粒子状物質が存在する場所で使用するには、最適とは言えません。」(2枚目)

2 「資料」として、被告増田、同向縄及び同山田作成の「オイルミストと溶接ヒュームが混在した環境下での防じんマスクの性能」と題する文書が引用され、その中に次の記載がある。

(1) 「静電フィルタの捕集効率が、オイルミストが混在すると溶接ヒュームのみの場合よりも大きいボトムが現れるということは、単純に考えてオイルミストは溶接ヒュームよりも静電気を消失させる性質が強いことによるものと考えられる。粒子の大きさも捕集効率を上下させる原因のひとつであるが、オイルミストの粒径が溶接ヒュームより格段に小さいとは思われない。もしオイルミストがそれ程まで小さいものならば、静電フィルタとメカニカルフィルタはともに初期性能から溶接ヒュームのみの性能より低くなるからである。オイルミストが混在した場合、静電フィルタの裏の汚れは溶接ヒュームのみの場合よりもはっきりと現われる。特にひどいものでは、表と裏がほぼ同じ色の濃さになるものもあった。」(4枚目)

(2) 「今回の試験では、オイルミストが混在すうと、溶接ヒュームに対する防じんマスクの捕集効率は、今まで考えられていたよりも更に低くなった。このことから、防じんマスクの実際の捕集効率は、国検で用いているシリカや、発生形態を単純にまねて発生させた方法では必ずしも評価し得ないと思われる。これに反して、『裏から見て汚れが見えたら捕集効率が低い』という新しい判定方法が、実際につかえる。従来、裏側の汚れは交換の目安であったが、今回の結果から言えば、裏側に汚れが出るような粉じんの存在する作業現場では静電フィルタの使用を止めるべきである。」(4枚目)

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